「<私>の解体へ:柏原えつとむの場合」「リアル・ジャパネスク」

 国立国際、二つの企画展のうち一つは「<私>の解体へ:柏原えつとむの場合」というもの。いろんな問題が錯綜する展覧会だけれど、エンジニアや知財関係の方にも見て欲しい展示。というのも展示作の一つは、手作業によるモーフィングのシステムであり、その制作年は1968-69年だからだ。モーフィング用の商業CGソフトがハリウッドで使われだす、およそ20年も前のことである。



 これが手作業モーフィングの作品。磯野波平フジ三太郎の特徴点を抽出し、手作業の演算で二つのキャラクターをモーフィングさせている。この方法で基礎特許を取っていたら、いまごろ巨万の富を得ていただろう。下は三人の顔の「平均顔」を、やはり手作業、手計算で演算して作図したもの。これももしパテントを取っていたら、顔認識ソフトなどの分野で大きな収益を上げていたのではないか。



 ちなみにこうしたアイデアが盛り込まれた経緯は次の通り。担当学芸員の橋下梓さんのご教示による。

@azusa_hashimoto 実はメディア・アートの先駆的存在である幸村真佐男さんが一人のキーマンとなります。今日の記者会見に戦場カメラマンのような出で立ちで突如現れた幸村さんは、多摩美文芸部時代の柏原さんの後輩。実は当時、非常に懇意にされていて、幸村さんは柏原さんを自らの活動に誘ったこともあったとか。1968年の有名な展覧会「サイバネティック・セレンディピティ」に名作「走るコーラはアフリカ」をCTG(Computer Technique Group)として出品。当時モーフィングという言葉はありませんでしたが、コーラの瓶がかたちを変えて行く様子はまさにモーフィング。柏原さんはこういった動向を知っていて、あえてアナログでやってみようと思われたそうです。理由は、コンピューターがまだ手に届かなかったから!ちなみに、柏原さんが走るコーラはアフリカについて直接言及している一次資料を、カタログに掲載しています。美術史評の二号め、手書きの部分です。


 なるほどなるほど。この《走るコーラはアフリカ(Running Cola is Africa!)》、下記から見ることができる。まんまモーフィングである。
http://dada.compart-bremen.de/node/2674


 以上はわかりやすい例としてモーフィングとか顔認識に関する例を出したけど、とにかく多様な問題を孕む展示で、美術とは関係ない異分野の方、たとえば文学、科学、哲学といった分野の方に見て欲しいなと思う。ちなみに下は「平均顔=Mr.X」からの指令書と、その指令を受けて三人の作家が独立に作った作品。主体の解体というポストモダンな問題を含む作品。美術プロパーのなかだけで終わるともったいない展示だ。



 アーティストってこういう予知能力に近い妙な能力を持っていて、なんか10年とか20年くらい先の光景を見ながら仕事をしているところがある。何の役に立つのかわからないが面白いことを考えるのが仕事、という意味ではサイエンティストに近いかもしれない。それをうまく地上に降ろす仕事がたぶんエンジニアなんだろうなと思う。日本のビジネスマン、もっと美術館に来て欲しいな。

「<私>の解体へ:柏原えつとむの場合」
国立国際美術館
http://bit.ly/RNoHL6


 もう一つの企画展「リアル・ジャパネスク」は、簡単にいうと毎年恒例の若手グループ展ということになるのだけれど、これもまた非常に論点の多い展覧会。とにかく見て綺麗な例を挙げると大野智史さん。文句なしに綺麗。



 もう一つリアルジャパネスクから、南川史門さん。オッシャレ。こちらは80年代の安西水丸さんを彷彿とさせる。 どういう文脈でこういうスタイルに辿り着いたのか興味がある。ジグマー・ポルケ、ソフィー・カルとも重なるアプローチの作品も。



 いわゆるオタク的なもの、日本的なものはあえて外したセレクトがこの展覧会の特徴。そこから何が見えてくるのかは、もう一つない知恵を絞らないと見えて来ない。ちょっと長考モードに入りながら見るべき展覧会かと。おすすめ。

「リアル・ジャパネスク」
国立国際美術館
http://www.nmao.go.jp/exhibition/index.html