ボランティアについて

@takuokomart アートイベントに学生が参加することはいいが、私は個人的には推奨しない。多くはアシスタントや体のいい労働力で終わってしまうからだ。美術が徹頭徹尾個人作業の結果でもあるということも忘れてはならない。逆に誰かと共同して何かをするならそれに見合う新たな論理が必要だということでもある。


 これ、仰ってる意図は非常によくわかります。たぶん原則はそうだと思います。ですが私の場合、三十路を過ぎてから三度もまったくのタダでボランティアとして、いろんなことをお手伝いしていて、いずれの場合も非常に大きな成果を得ています。あくまで私個人の経験なので、誰にでも適用出来る考え方とは言えないかもしれませんが、ご参考までに以下紹介します。


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 最初はとある出版社のイベントのお手伝いでしたが、このイベントは私にとって、実にいろんな成果をもたらしてくれました。最大の成果となったのは、これをやっている最中に別の出版社の方と知り合い、そこから最初の本を出すことになったことです。結果としてこれは私が雑誌記者から著述業に転身する、大きなきっかけになりました。催しを開催した出版社そのものとは現在おつきあいはありませんが、そこに関わっていた人とは、仕事をする関係が生まれたわけです。つまり主催者とボランティアというタテの関係ではなく、ボランティアどうしというヨコの関係を作るのに役立ったんですね。そうしたヨコの連携の機会としては、多くの人が関わるイベントへの参加は、やはり非常に効果的だと思います。


 次は展覧会のお手伝いでしたが、これはボランティアといいながら、実はスタッフの働きそのものが重要な作品の一部になっていて、いわゆる「アシスタントや体のいい労働力」とはまったく質の違うものでした。むしろ普通に観客として展覧会を見るだけではわからない部分を直接体験出来る「密教的な仕組み」が出来上がっていて、私もこの点を取材するために参加したのです。この件については大手誌でのインタビュー記事にも掲載しましたし、今年出す二冊目の本でも詳しくご紹介する予定なので、これで充分モトは取れていると思います。


 三度目も展覧会のお手伝いでしたが、この展覧会では担当学芸の方との信頼関係を得ることができました。この展覧会はセキュリティーが結構キツいものだったようで、他社は取材を断られたケースもあったと聞きましたが、私はちゃんと時間を頂いて、作家に話を聞くことができました。また、これが大きなご縁となって、のちに担当学芸の方が勤務する学校でのゲスト講義を担当する、という成果にもつながりました。これもまた充分モトは取れていると思います。


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 そんなわけでタダ働きには意外な効用があるわけですが、さすがに私自身はもう歳なので、ちょっとタダ働きはしんどいなという思いがあります。とはいえ、このようにタダ働きをすると、あとで意外なところで効果を発揮することがしばしばあります。三十代を過ぎてこのくらい効果があるわけですから、二十代ならなおさらではないでしょうか。


 確かに「良いように使われるだけに終わらせないための才覚」は必要かとは思うのですが、それはボランティアに限らず、お給料をもらっての仕事でも同じことだと思います。ちゃんとした会社の正社員でも、単なる使い捨ての駒に終わる人もいれば、そこで何かを掴んで得をする人もいる。要はその人の働き次第という意味では、タダ働きも有償労働も同じことではないでしょうか。