宮本佳明の《福島第一原発神社》について
昨日のあいちトリエンナーレの話、ちょっと続き。あのなかで宮本佳明の手になる、福一原発に神社の屋根を被せた作品《福島第一原発神社》が展示されていたけど、見ようによっては悪ふざけというか悪趣味な揶揄に見えてしまいそうなので、少し説明をくわえておきたい。あれには実はちょっと深い背景がある。
宮本は神戸近郊の宝塚市というところに住んでいて、阪神大震災のときに被災を経験している。宝塚市は阪急今津線〜宝塚線の沿線なのだけれど、実はこの沿線には、実に数多くの寺社仏閣が、ほぼ駅ごとに並んでいる。廣田神社、門戸厄神、清荒神、売布神社、中山寺。というより、これらの寺社仏閣を結んだのが今津線〜宝塚線といってもいいのだけれど、宮本はこの沿線に暮らすうち、こうした寺社仏閣が、実は活断層の上に並んでいることに気がついたのだ。まるで大昔に地震の起こった場所を封じるように。
彼は同様の例を古墳でも見つけている。古市(ふるいち)古墳群というのがそれで、この古墳は活断層の上にかすがいを打ち込むように、S字状の曲線を描いて並んでいる。つまり古い時代の宗教施設というのは、ある種の地震封じであった可能性が高いのだ。
あの会場の作品をしっかり見て回った方は、津波に襲われて壊滅した町のなかで、小高い丘にある神社だけが無事に残った光景の写真を見られたかと思う。これも地震封じとしての宗教施設とコインの裏表の関係にあると言える。つまり宗教施設というのは、しばしば古い時代に起こった災厄に関連していて、そこが何かの危険と関係があるという標識になっているのだ。
「なぜ?神社の手前で大津波が止まったワケ」
http://plaza.rakuten.co.jp/555yj/diary/201108290001/
原発に神社の大屋根を載せるという彼のプランは、いっけん奇を衒った突飛なものに見えるかもしれない。実際、このプランが実現することはないだろうし、機能的にどういう意味があるのかと言われると私も返答には窮してしまう。けれども実際には彼の被災体験や、かつて被災した宝塚という街を根拠地にして活動を続ける、彼の思いが結実した作品となっている。そこを是非汲み取ってご覧いただきたいと思う。
橘画廊 http://dancer.co.jp/?p=1491
3月に大阪で同じ作品を展示した個展の様子とともに、作家本人の詳細な解説がある。