レヴィ=ストロース死去

まだご存命だったとは、そっちの方が驚きだった。私が大学に入った25年前、既にブームも一段落して、古典になりつつあった人だ。ちょうど百歳だったとのこと。もはや大往生と言って良い。

いま思うとサルトルとの論争なんて、いまから見ればあまりにも初歩的なものだった。「未開人には数学はわからない」と断じるサルトルと、「んなアホな」と反論するレヴィ=ストロースの論争は、いまなら誰もサルトル側の良い分に耳など貸さないだろう。そういうごく当然のことでも、声を大にして叫ばなければならない時代だったのだ。

彼の提案した構造主義は、いわゆる「未開人の野蛮な習俗であるはずの婚姻規則」が、きわめて緻密な数学的構造を有していることに着目し、分析したものだった。のちに彼はこのアイデアの適用範囲を拡げ、神話や儀礼などおよそすべての文化の中に、こうした数学的構造が隠されている、と論じたのである。それまで単に、未開人の原始的な妄想か、狂気の産物と見なされていた神話や儀礼が、紛れもなく「思考」の産物であると断言したこと。そこには当時の言論界にあって、きわめて大きな意義があった。

その後、ポスト構造主義の流れの中で、なんとなく「構造主義なんて古いよ」となってしまったが、多くのポスト構造主義者たちが、間違いだらけの科学用語で読者を煙に巻いたのに比べ、レヴィ=ストロースの書いたものには科学用語の誤りがほとんどなく、極めて正確に数学的概念が用いられていた。私は彼のこういう愚直なとこ、非常に好きである。単に読みにくい文章を書いて高級な文章だと勘違いしている人を、私はあまり信用しない。

レヴィ=ストロースの活躍によって「未開人」の思考力を疑う人はいなくなったが、グローバリゼーションによる個別文化の破壊は、この数十年で凄まじいまでに進行したし、一方で貧富の格差も世界じゅうで拡大した。翁の目にこの世界は、どのように映っていたことだろうか。ともあれ、20世紀を代表する知の巨人の、冥福を慎んで祈りたい。