飯田一史さん「ベストセラー・ライトノベルのしくみ」

 先日ご恵贈いただいた、飯田一史さんの新刊『ベストセラー・ライトノベルのしくみ キャラクター小説の競争戦略』、ひとまず読了。読み終えるのに難儀したのは、ひとえに私の無知のためで、頻出する経営学の用語がよくわからなかったから。でもとにかく滅法面白い本であることは間違いない。わからない部分の経営学用語は飛ばしてしまってもちゃんと読めるし引き込まれる。見えてくるのはライトノベルにおける勝ち組作品の秘めた創作骨法だ。


「ベストセラー・ライトノベルのしくみ キャラクター小説の競争戦略」
飯田一史 (著)
http://www.amazon.co.jp/dp/4791766490


 分析を通じて炙り出された戦略の幾つかは、意外にも古くからある(そして現在では廃れてしまった)スタンダードなものだったりする。たとえば「刺さる」という要素。これは平たく言えば胸に残る要素ということなのだけれど、いくら軽妙なラブコメでも、これがないとダメだという。最初はとにかく面白く軽妙に、でも最後は泣かせてぐっと来る展開を、というのがラノベの骨法なのだそうだ。軽い掛け合いばかりが延々続くラノベだと、結局メガヒットにならないのだとか。


 しかしこの「掛け合い」と「刺さる」という分類、実は「アチャラカ」と「本喜劇」という伝統的喜劇の二分法にほぼ対応している。「本喜劇」というのはかなりマイナーな用語のようで、いくらググっても出て来ないのだが、私はこの言葉を『オヨヨ』シリーズの作家、小林信彦さんの本で知った。要するに最後は人情でしっかり泣かせるというタイプの喜劇で、松竹新喜劇や寅さんがこれにあたる。寺内貫太郎一家なんかもそうで、いわゆる「面白うてやがて悲しき」タイプの芝居だ。


 逆にアチャラカというのは吉本新喜劇みたいなもの。基本的にはギャグの連発でできていて、笑いの効率の良さやパワーでは圧倒的にこちらの方が強い。「本喜劇」というくらいだから、アチャラカは本喜劇より下のものと見られていたが、本来ハイアートであったはずの本喜劇は、圧倒的なアチャラカのギャグのパワーに押されて現在では衰退気味に。逆にサブカルだったはずのアチャラカが喜劇のスタンダードになり、それさえコントや漫才、さらには一発ギャグといった、よりスピーディーな笑いに取って代わられることになった。詳しくこの違いをお知りになりたい方は、下記をご覧になるといいだろう。

wiki/吉本新喜劇松竹新喜劇との棲み分け
http://bit.ly/Km5Oeg


  本喜劇からアチャラカへ、さらにはコントや漫才、一発ギャグへという推移は、熱血スポ根やお目目キラキラ少女マンガから「萌え要素満載キャラ」へ移行していくプロセスとほぼパラレルだと思う。要するにアニメのキャラクターや「笑い」というものから人間ドラマが剥落していき、特定の萌え要素や一発ギャグ的刺激に条件反射のように萌え、笑い声を上げる「動物化」「ポストモダン化」のプロセスだ。ところが、その凋落してしまった本喜劇と同じ「最初は軽妙に笑わせて最後は泣かせて落とす」という手法が、現在のラノベの骨法になっているというのが同書の指摘なのだ。


 ゼロ年代初頭の時点では、そうした「ポストモダン化」の傾向は、もはや押しとどめようもないもののように思えていた。けれども少なくともラノベに限れば、どっこい古典的な人間描写やモダニズムは生きている。それがラノベという若者文化の全面にせり出そうとしているのだという同書の見立ては実に面白い。ラノベは新しいものに見えて、実は藤山寛美博多淡海に近い、先祖帰りのような骨組みを持っているのだ。


 ほかにも本書には目からウロコの分析が多数あるのだけれど、長くなりそうなのでまた後日。いずれにせよライトノベルの入門書として、書き手、読み手双方に幅広く読まれるべき本だと思う。また、オタク第三世代と第四世代の違いについて触れた一節は、現代若者論としても秀逸。作家志望者は特に読むべし!