松井紫朗 展 「Forwards Backwards」

 朔日はアートコートギャラリーへ、松井紫朗 展 「Forwards Backwards」に行ってきました。展示の中心は金魚鉢のシリーズ。逆さになった金魚鉢のなかを、金魚たちがフワフワと泳いで上がっていく、あれですね。逆さになった鉢はリング状の水槽の上に伏せて置かれていて、金魚はリングのなかを泳いだり、金魚鉢に入って上の方まで登ったり、出たり入ったりを繰り返す。

松井紫朗 展 「Forwards Backwards」
アートコートギャラリー、2013年5月11日[土] − 6月22日[土]
http://www.artcourtgallery.com/images/exhibition/2013/exhibition_2013_0511_matsui.html


 ペインティングもあったのだけれど、こちらでは同様の構造の「庭」が描かれていました。そこにはしばしば大きな水たまりと、そこに接続したリング状の水路が描かれている。でもその画面をよく見てみると、陶芸の世界でよく見かける「一閑人」のようなものが描いてある。一閑人というのはお茶碗の縁なんかにくっついてる、把手替わりの小さな人形ですね。この人形は茶碗を一つの世界に見立てて、そこを覗き込むさまを表している。いわば陶器というミクロコスモスのなかに出現した、私たちの分身です。

染付一閑人火入
http://syoindo.noblog.net/blog/b/10142117.html


 実際、今回の個展では陶器の作品も展示されていて、リング状の通路とそれに接続される大きな円筒状の構造物が、陶器で作って並べてある。なかを見ると金魚が泳いでいたり苔が敷き詰めてあったり、浮き草が浮いていたり。じっと見ていると、金魚の泳ぐ道筋が人の流れに見えて来たり、苔が森に見えて来たり、小さな浮き草が蓮に見えて来たりする。ヒューマンスケールの庭、あるいは建築に見えてくるんですね。


 松井さんは国際宇宙ステーションと一緒にやったプロジェクトもあって、トークではその話が中心でした。宇宙飛行士に実際に依頼して、宇宙の一部をボトルに詰めて地球に戻ってくる《メッセージ・イン・ア・ボトル》という作品で、成功すると地球の大気のなかにぽっかりと、瓶に入った宇宙空間が穴を開けているという状態になる。いわば「宇宙鉢」ですね。水中の環境が入った瓶が大気中に置かれているという状態が金魚鉢ですが、それと逆というか、我々より高次の宇宙の環境が詰まった瓶が、大気中に出現するわけです。


        宇 宙
      マクロコスモス
         ↓
   ┌=====↓=====┐
   |    宇宙鉢    |
  大気中          |
   |    金魚鉢    |
   └=====↑=====┘
         ↑
        水 中
      ミクロコスモス


 宇宙鉢と金魚鉢は「大気中に出現した異空間」という意味で対応関係にあって、二つが揃うと一種の宇宙論、つまりはコスモロジーのようなものが出現するはずだったのですが、残念ながら「宇宙鉢」の方は宇宙飛行士の船外作業中に割れてしまったようで、展示されていませんでした。残念。さて、そんな松井さんにはこんな作品もあります。



 この作品はいわゆる「怪奇現象」と勘違いされてかなりのアクセスを記録したので、ご覧になった方も多いと思いますが、実は松井さんの作品です。これは逆に大気中の環境が湖面の上にぽこっと穴を開けて貫入しているわけで、金魚鉢とは逆の現象ですね。魚がこの穴を水中から見たら「なんだこの空気の穴は?」と思うかもしれない。つまり金魚鉢を位相幾何学的にひっくり返したような作品です。その意味で関根伸夫さんの《位相-大地》とも共通項がある。いわば《位相-湖面》とでも言いましょうか。



 松井さんが参加したのと同じ宇宙のプロジェクトには中原浩大さんも参加しておられたけど、中原さんは宇宙によって触発される内面の変化、具体的には無重力で方向感覚を失った状態に興味をお持ちで、そこから「ライナスの毛布」というコンセプトに辿り着いた。松井さんはそれと逆に、空間そのものに興味を示している点が面白い。いろんな意味で考えさせられる展示です。